2005年05月07日

できるひとできないひと+良い上司悪い上司

新人のころに覚えたことはなかなか忘れない。
そしてそのとき助けてもらったことも絶対に忘れない。
 
私は上司に恵まれた。
今でも自分の仕事の基礎はその人から叩き込まれたと確信し、そして感謝している。
 
彼はよく言っていた。
「自分が出来ることとやっていいことは違う」
と。
初めて聞いたとき、
「はぁ?出来るんだったらやって何が悪い?意味わかりません」
と思っていた。
 
しかし、すぐその意味に気づくことになった。
 
当時私は2億数千万の基幹システムの構築プロジェクトの開発中(開発も終盤を迎えたころ)に配属された新人でシステムのカットオーバー後、トラブル対応をしていた。主な仕事は
 
「発生したトラブルを正確に把握し、PM(上記の上司)に正確に報告すること」
 
であった。
 
「ただの報告」
 
と当時は思っていた。
 
ある日客からトラブルの連絡を受けた。以前発生した障害と同じ現象だったため、以前の対応日からリスクを1日積み客に対応日を連絡し、PMに報告した。しかし、PMは激怒し私に言った。
 
「なぜ、このシステムを設計していないお前が、現象を特定する前に客にスケジュールをコミットしたんだ?俺はそんなことお前に頼んでないし、お前にそんな権限も与えてない」
 
正直納得がいかなかった。前と同じ現象であれば客に少しでも早く対応日を連絡することで迅速な対応を印象付けられるし結果は一緒じゃないか、やっぱり会社がでかいとお役所仕事になってしまうのか、と。
 
でも、結果は違っていた。
同じに見えた現象も原因は全く異なり、私が客にコミットした対応日より数日を要することがわかった。
幸い機能的に重要なものでなかったこと、他のリカバリ方法があったこと、PM、リーダ(当時の先輩)の絶妙なフォローにより大事には至らなかったが、PMは客に謝罪した。
 
※余談だが、当時、ある問題を抱えていた私を寝る間を惜しんで週2のランパブがよいで気を紛らわせてくれた先輩に感謝する。決してつき合わされたのではないと思いたい(笑
 
正直、新人の私にとってこの出来事は衝撃だった。そして彼は私に体制の中での役割と責任について改めて説明をした。
 
彼は決して手取り足取り教えてくれるタイプでは無かったが、私には彼のやり方があっていた。わざと私に対してそうしたやり方を取ったのかはわからない。今度日本に帰ったときにでも聞いてみよう。
 
以前、「上司として最適なのは?」という話を聞いたことがある。上司には以下の4タイプが存在するらしい。
 
〇纏が出来てなぜ出来るのかわかっている人
∋纏が出来るがなぜ出来るのかわかっていない人
仕事は出来ないがなぜ出来ないのかわかっている人
せ纏が出来ず、なぜ出来ないかもわかっていない人
 
上司としては,鉢が最良だと。
原因は
 
,匹里茲Δ砲垢譴仞功するのか説明できるから
どのようにすれば失敗しないか説明できるから
 
だそうである。△呂覆爾世瓩覆里。
 
△覆室分が出来るかがわかっていない為、出来る自分が標準であり、部下にも同じ成果を求めるがどのようにすればそれが出来るのか説明しない。
 
一概に賛成できるかといわれればどうかと思うが間違ってはいないと思う。△鰐价縫織ぅ廚世蹐Δ。
 
彼は間違いなく,世辰拭
 
私が数千万のある生産管理システム構築のリーダとしてアサインされたとき、PMをやる予定だった方が早期退職制度を適用し突然会社を辞めることになった。かなり突然だったこととこの方は今回、早期退職では辞めないと上司に言っていたこともあり、急遽PMを探さなくてはならなくなった。
 
そのとき彼が「サッチモだったらできんじゃない?問題ないでしょ?」と言い放った。
 
当時の私は3年目を迎えたばかりで、通常、社員数千人を抱える大手のSIerで3年目の人間が数千万のプロジェクトでPMを張れることは少なかったが、当時、PMが出来る人間は既にプロジェクトを抱えていたこと、また、彼が組織の中で力を持ったポジションにいたこともあり、PMをやることになった。週1でコスト、スケジュールの進捗を報告することを条件に。
 
プロジェクトは成功した。納期もコストもスケジュールにも問題なく、カットオーバー後もほとんどトラブルは発生しなかった。
 
自慢ではない。なぜならこのとき、お客さんもかなり協力的で協力会社にも恵まれたことを当時の私は十分に理解していた。決して自分の力だと思っていない。
 
しかし、結果的にこのプロジェクトを通して自分に自信がついたこと、営業や当時の上司から信頼を勝ち得たことにより、以後、PMとしてアサインされることが多くなり、自分のキャリアに大きく影響することになった。
 
前職の会社では40、50代の海千山千の老獪な「おっさん」たちに混じってPMを勝ち取れるチャンスなどほとんど無い。もちろん、若手をつぶそうとしてそうなるのではなく、リスクを考えて結果的にそうなってしまっているのだ。それを考えると上記のように偶然転がり込んだチャンスを彼が後押ししてくれたことに感謝しても仕切れない。おそらくことプロジェクトが無かったら今の私は無かったと確信している。
 
また、当時このプロジェクトに参加した協力会社の方も「3年目の若造」に対して文句もあっただろうが本当に惜しみない協力をしてくれたことに心から感謝している。この方たちとはこのときのお客さんと共に仕事をしなくなった今でも個人的にお付き合いさせていただいている。
 
私が会社を辞めるとき彼は
「なぜ俺に相談しなかった?まぁいい。自分で考え抜いた結果だよな。俺が止めても行くんだよな」
と言ってくれた。ちなみにこのとき、彼は既に上司ではなかった。
 
育つ奴は勝手に育つ。しかし、どうやって育てるかによって「のびしろ」は大きく違ってくる。最近、大卒がベンチャー志向で「どうやって自分のキャリアを積ませてくれるのか」といっているらしい。確かにホリエモンみたいな人もいるのでそれ自体間違っているとはいえないが、大企業で学べることも多い。自分が欲しいものがどこにあるのか、そして自分の足元をしっかり見ていれば大企業でもベンチャーでも流されることは無い。ベンチャー最高!と叫ぶ前にもう一度考えてみては?と思ってしまう。
 
私は今、上海で仕事をしている。今までの経験を食いつぶすだけでも十分に仕事は出来るが、それだけはしないようにこれからも前を向いて仕事をしていきたいと思う。彼に
 
「お前、小さくなったな」
 
と言われない為に(笑


satchmo_sh at 23:55│Comments(0)TrackBack(2)オフショア 

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1. 育ててくれた上司たちのことを思い出す  [ 積読日記 ]   2005年05月08日 14:49
昔の上司のことを思い出すのもたまにはいいですね。
2. 本とビデオ  [ 行間の宇宙 ]   2008年01月19日 22:19
こんにちは。上海で思うこと、を興味深く読ませていただきました。会社員にとって、よい上司やいい上司に巡り会うというのは最高の幸せですよね。また読ませていただきたいと思います。

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